■Dear friend




はあ…

一人与えられた部屋の中PCと見つめ合う。
本日の外勤は終わったが、こちらでプロジェクトの一端を任されて以来帰宅後は計画の次段階に向けてタイムテーブルや予算を組むことが専らだった。
機材、人件費、契約金。
何千万単位の金が目の前で動く。

両親の仕事を幼い頃から見てきたが、経営者として財閥の跡継ぎになるのが嫌で逃げ出してきたのにまたこういうことをするとは何の因果だろう。

気がつけばデスクランプが熱をもっていて、何時間も向かい合っていたのだと教えてくれる。フィラメントの寿命を削りたくなくて電源を落とすと部屋の明かりは液晶から漏れる光と電球色の間接照明のみになった。


もう一度細く息を吐く。

向いているかいないでは確証が持てないが、こうしてPCに向かう精神労働よりも現場での実務の方が好きだ。
氷の溶け切ったミネラルウォーターを片手に、あの牢獄のような家にいては味わえなかった体を動かした後に飲む水の美味しさを思う。
持ち上げたグラスから結露した水滴が落ちてキーボードにかかったが気にしない。ホウエンの頃、三人でバイトをしながらピカチュウを追っていた思い出が懐かしかった。



「気が…おかしくなりそうだ」

サカキ様は尊敬している。
強大な悪そのものというイメージ。人の上に君臨し世を脅かす程のカリスマ性。
あの方の力に魅了され、お役に立てるならこの身が滅んでもいいとすら思う団員は多い。

かくいう俺だってそう思っていたさ。
今だって。
だが、いざ大きな仕事を任されて思うことは
あれだけ望んだ幹部昇進よりも、俺たちがこの組織に求めていたものは自由という開放感だったのではないかということだ。

「……」


こんなことで考えを巡らせる時間が無駄だ。
早く仕事に戻らねばと思っているのに体が動かない。
重力のまま体をソファーに沈めていると、ドアの向こうから突然の静寂を崩す音。


「コジロウ、私よ」

「ムサシ……」


入室の許可も出していないうちに扉が開くと、こちらの地方に来て直ぐ本部から支給されたチャコールグレイの制服に身を包んだ相方が入ってきた。
ワインレッドの髪は任務後だというのに一切の乱れも無く整えられている。

「ニャースは」

「寝てるわ。」

用意された部屋は三人とも同じ階で、そこまで遠くはないのに、互いに部屋の行き来はなかったから任務以外では凄く久しぶりに会った気がした。
仕事中は気がつかなかった彼女の匂いがする。
例えるなら姉の匂いをかいだような安心感。半年程前まで三人同じ布団で寝ていたのに、随分と懐かしい匂いになった。

ムサシも、イッシュに来て変わった。
ここ数年でやっと見せるようになった素の笑顔はまた闇に隠れ、訓練所時代の人を寄り付かせない厳しさみたいなものが出てきた。
彼女も、というより、ムサシが変わったことにより俺とニャースの緊張感も高まったと言えた。

俺は、我儘放題で、自分の信じた道にまっすぐで、口を大きく開けて笑う彼女が好きだけれど、彼女の素の顔はどちらなんだろう。



「今は勤務時間外なんだから、そんなピリピリした目付きしてんじゃないわよ。」

いつの間にか刺すような視線で見ていたようで

「すまない。そんな気はなくて…」

ずっと一緒に組んできた相棒だから。
もし自分の理解が足りていなかったらと思うと怖かった。
大らかな彼女は俺の思い違いで、彼女にとってはこちらの方が肌に合うのだとしたら、俺はどこまで彼女についていけるだろう。

元から俺は彼女の背中を追う側だから
このプロジェクトで彼女だけが実力を認められて抜粋、昇格、チーム解散なんてことは充分にあり得る未来だ。



ドア口に立つ彼女は相変わらず美しい。
口を閉ざせば棘のある顔つきのまま迫ってきた。

ソファーに体を預けたままの俺にムサシが近づく。
手袋をしたままの右手を背凭れに置くと、彼女が俺に覆いかぶさるような形になった。


「迎えに行くって、あの子達と約束したでしょう。」


一瞬、
何を言われているのか分からなかった。


けれど、すぐに理解した。
本部に残してきたポケモン達だ。

こちらに来る前に
約束した。
目立つからという理由で本部に預けることになった俺たちの仲間。
マネネ、マスキッパ、ソーナンス、ハブネーク、メガヤンマ…
「必ず、お前たちを迎えにくるから」
俺たちはそう約束してイッシュに飛んだ。

忘れてはいない。

ムサシの瞳は真っ直ぐ俺を貫いてくる。
鉄紺の深い蒼。


ムサシは、多分、俺を励ましに来てくれたんだと
この時やっと気づいた。



「オペレーション・テンペストの成功まで、もう少しの辛抱よ。」


彼女は何も変わっていない。変わっていなかった。
その事が嬉しくて、疑心を抱いた自分が不甲斐なくて悲しくて

頭が回らない俺を他所に
ムサシはひょいと目の前のノートPCを持ち上げる。


「私、別に実技だけがトップだったわけじゃないのよ。」
ペーパーじゃヤマトには勝てなかったけど


知っている。
彼女は訓練所時代、その並外れた身体能力の他にも容姿端麗、頭脳明晰、冷酷無情で有名だったから。

「あんた寝なさい。」

ぴしゃりと
言葉に音がつくならそんな音が出る程端的に、彼女は俺に言い放った。


日中の任務ではボロを出さないように細心の注意を払っていたつもりだった。どこで気付かれたのだろう。
皆大変なプロジェクトの最中なのに、俺よりずっと周りを見ている。ムサシは気にかけて扉を叩いてくれたんだ。


俺のPCとデータに向かい合うムサシに対して
本来それは俺の仕事で、ならムサシが寝れなくなるだろうとか、
さっきまでなら置いていかれるのが怖いという気持ちも少なからずあったろう。

それでも、彼女が来てくれたおかげで
ムサシはどんなことがあっても俺たちを置いてはいかないと、今は確信を持って思えるから。

「…気を遣わせたな。」

彼女の好意に甘えさせてもらおう。ここで意地を張ってもなんの意味もないことくらい分かる。

「勘違いしないで。一緒に仕事する奴が寝不足じゃ満足に任務が遂行できないからよ」


こちらを一瞥もせず画面と向かい合うムサシはデータを見て残りの作業も可能だと判断したのだろう。PCを閉じてソファーから離れた。

ドアノブに手をかけると足を止めて


「倒れる前に寄りかかりなさい。三人で一緒に戻るんだから」





















PCを持って出ていった彼女の足音が遠ざかる。
なんてことないみたいに部屋にはまた静寂が訪れて

「今どきツンデレとか古いよ…」

ドアを向いて呟く。


でも…



「ごめん……ノックアウトだ。」

彼女の魅力には誰も勝てないんじゃないかとさえ思う。



好きだ。

思わず口をついて出そうになった言葉を
息と一緒に飲み込んだ。

世間は無情だ。口に出してしまえば大衆は男女の関係と捉えるだろう。
だが、俺が彼女を思う気持ちはもっと純粋で、誰に信じられなくてもいい。


仲間として。一人の人間として。
彼女に対して尊敬しかない。

同い歳で組織の同期で、
ゼミだってチャリンコ暴走族だって同じ時期に経験したのに
何故こんなにも違うのか。


そもそもの育ちの差なのだろうか。
孤独に生きてきた彼女の、その裏側を知ることはないけれど



また、頼ってしまった。

ソファの背もたれに頭を乗せる。
数日酷使した目を閉じると涙が出そうで右腕で隠した。

光が遮られ緊張の糸が途切れるような感覚。


彼女の素の顔がどちらかだって?
どちらでもいい。どちらとも彼女だ。


先ほどの会話で、いつの間にか何よりも大切な仲間すら信用出来なくなるほど
本当に、自分は参っていたんだと感じた。




空は白み始めている。
今から寝ても、2時間程の睡眠になるだろう。

それでも
土地が変わり仕事内容が変わっても、変わらず自分を思ってくれる仲間がいることにようやく気がついて

その事実の、あまりの力強さに
やっぱり溢れてくる涙を

安心なのか、嬉しさなのか、勇気なのか、
これから起こる未来に対する不安なのか

名前を付けあぐねている内に眠った。










2016.04.15

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