■それは恋愛よりも崇高な




彼女はいつも俺たちを引っ張っている。
その細い身体のどこにそんな力があるのだろう。重たくないのだろうか。


「あー重い。なんで私たちが荷物運びなのさ」
「公平なジャンケンにより負けたからだろ。」

木々の間から差し込む日差しが肌を焼く。
梅雨が明け、空は太陽の独壇場と成りつつあった。

蒸し暑い空気の漂う小さな森の中、俺たちはイワークの尾っぽ程もありそうなダンボールを、一人二つずつ抱えて歩いている。
太陽は丁度てっぺんに差し掛かった頃で、今日も最高に調子が良さそうだ。

備品のプラスされた体重で歩みを踏めば、生い茂る草は日々増していく暑さにやられたようにクタリと萎れて起き上がろうともしない。

いいように倒れていく草花のように、いっそ自分も倒れてしまえたらどんなに楽か。

ふと落とした視線を足元に移せば支給のイカした黒い革靴は泥と草に塗れていて、いつからこんなに汚れていたっけと思った。
身なりには注意を払っている方だから、ちょっとショックだ。



数日前からこの森のロッジを2週間借りてアジトにしている。
今日も今日とてピカチュウゲットに余念のない俺達は罠の準備に大忙し。珍しくジャンケンに勝ったニャースはマタドガス達と留守番だ。

暑さと腕の痺れに魘されて隣を見れば、ムサシは俺と同じ量の荷物を持って眉を険しく寄せている。
気怠げに息を切らせる彼女の白い顎から落ちた汗が、ダンボールにかかっては染みを作った。


「眉間に皺が出来ますよ。…いっ」

茶化す気持ちで言ったのに、容赦ない力で太ももを蹴られる。
お淑やかにしていれば、赤い髪の張り付く透き通るような白い肌や、青く燃える瞳は艶を感じるには充分だというのに、蹴りも性格もキツイから残念なやつだ。

今も
馬鹿なことを言ってないでさっさと動けと足蹴にされて
正に書いて字の如く、俺と彼女の立ち位置は出会ってからこれまで変わらない。

彼女が前を走って、俺が付いていく。
時折振り向く彼女の言葉でまた立ち上がる。
彼女の不器用な優しさを、もっと周囲の人間が理解してくれたらと思う。
男として情けないことではあるが、俺は何度もこの相棒に助けられているんだ。
女ながら、ムサシは俺の憧れで

「…俺が女でムサシが男だったら、俺ムサシに惚れてたかもな」

恋愛とかでは決してないけれど。
すげえって、思ってんだぜって、伝わって欲しくて言ったのに

「ずっと思ってたけどあんたってMよね」

そんな返しはあんまりだ。
ウツボットに呑み込まれるのだってスキンシップだと分かっているから嬉しいわけで、誤解を招くような言い方はやめてほしい。

「生々しい言い方するなよ。そもそも、当たりが強いことを自覚しているならもう少し優しくしてくれ。」
「あんたが女だったら、きっと私に付いてこれなくて根をあげてるわよ」
「…女の子に優しくない男はモテないぜ」

もしもの話しなんてくだらない。
それでも、くだらない時間すら楽しいのは、こいつが相棒で、仲間で、最高の友達だからだ。



カントーに立ち並ぶ別荘の一つに、
6メートルを超える天井まで、歴史的な文書が何列にも渡り保管されている部屋があって
幼少期隠れるように潜り込んでいた俺は、そんな本を、いつ読んだんだっけ。

「そういえば、昔の文献にさ、俺たちと同じ名前の人たちがいたらしいよ。」

何世紀前の人達だったか。
幼い頃の記憶の為、創作の物語と混同しているかもしれない。国外の話しかどうかも忘れてしまった。

「名前が同じなんて珍しいことでもなんでもないじゃない」

「でも、俺たちと同じ名前だぜ。二人揃って」

ムサシはこういうのには浪漫を感じないタイプのようだけれど

「俺たちみたいにパートナーを組んでたのかもな」
「へえ、それじゃあ私たち生まれ変わっても出会うのかもね。そうしたらきっとニャースもいるんでしょう。あーいやだいやだ、いつまでもこのコンビじゃ来世も失敗続きが目に見えるわ。」
「そんな失敗続きの生まれ変わりなら俺だってお断りだ。」

ムサシはふんと鼻を鳴らす。

「早くこの荷物持ってっちゃいましょ」



生まれ変わっても会うだろうと

甘くもないただの日常会話でも、確かに俺たちを繋ぐものがあるような
そんな気にさせてくれる彼女の言葉は温かくて、余分な感情なんてものはなく
こいつが好きだと、今日も思った。





例えば彼女が言うように、この世に生まれ変わりがあったとして、今ここにいる俺の人生は一回きりだし
後悔先に立たずというから
後悔しないように生きていくだけだ。

今は目の前の現実から逃げないように。
重い荷物も灼熱の太陽も、仕事の一つ一つから。

一息、
意気込んで、荷物を抱え直す。


「よーし、サッサと持ってってチャッチャと作戦会議だぜ!」


歩幅を広げて半歩先の彼女を追い越す。

泥だらけの革靴に力を入れて駆けると乾いた土が舞って空中に光った。



「あんたよくそんな元気あるわねー」


いつもより少し大きな声に立ち止まれば数歩離れた先に彼女がいる。

振り向くとムサシがいるなんて、何だか新鮮な絵面で
呆れ顔の彼女を見るのも気分が良かった。


差し込む太陽の光は相変わらず、
ソーラービームみたいに俺たちを焦がすけど
彼女はスポットライトを浴びたみたいに切り出されていて
ああ、お似合いだ。
なんて思った。


「ムサシも、早くしろよ。戻ったら冷たいジュースでも飲もう。」



自然の力が生み出すスポットライトに当てられて

後ろには光り輝く相棒が、
足元には歩き慣れたブーツが自分を守ってくれている。

汗を吸った団服が肌にピタリと張り付いたけど、駆け抜ける風が篭る熱を攫ってくれた。


そうだ、帰ったらこの靴でも洗おうか。



「ただいまー」


「遅いニャー!」





俺たちを結ぶこの想いの名










それは恋愛よりも崇高な


2016.05.29

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