■そして私は光に触れる



君の夢を馬鹿にした。


『Dear…』
ズートピアの空に星の瞬く静かな夜。
ご自慢のベッドの中、メールを打つ手を止めて電源を落とす。


俺は32歳で君に会って、35歳なんて比較的遅咲きの歳で警察学校を卒業した。
24歳だった君も、今はもう28歳になった。

君と同じ部署に配属されるよう、君がキツネを相棒にしたと後ろ指をさされないように。
この歳で、首席での卒業を勝ち取ることは容易ではなかったけれど、元詐欺師の知識量と本部データベースばりの顔の広さでなんとかここまできた。






「Hi、似合わない面してどうしたにんじん。」
パトロールの休憩がてらに2人分のスムージーを買って戻ると、ベンチで待っていた相棒は携帯の画面に向かってその凛々しい眉を顰めていた。
空いた片手に特製のニンジンとルッコラのスムージーを渡す。

「収穫時期になると家族が沢山のブルーベリーを送ってくれるのよ。私一人じゃ食べきれない程にね。毎回そんなにいらないって断っているんだけど、また送ったって。」

ダウンタウンのよく晴れた正午。
つい先ほど、セントラル・ステーション構内で迷子になっていたエゾイタチの子どもを親御さんに引き渡した所だ。
まだ歩き始めて間も無い年の子で線路に入っていた所を保護したが、あと数分発見が遅れていればどうなっていたか分からない。エゾイタチの親は息子を見つけるなり強く抱きしめて、人目も憚らず無事で良かった、心配したと泣いて喜んだ。

落ち着いてから何度も頭を下げてお礼をするイタチの家族に、隣のうさぎは何時もの笑顔で「これが私達の仕事ですから」と笑った。


「折角の仕送りに塩っぱい顔をするなよ。さっきの可愛い笑顔はどこにいった? あふれ返る程のブルーベリーもにんじんが家族に愛されてるって証拠だろ。それこそキツネ除けのスプレーを持たせる程にな。」
「もうお父さんにもそんな偏見はないわ。今じゃ我が家の農場で一番の商売仲間は貴方と同じアカギツネのギデオン・グレイよ。何よりも信頼を置いているの。ああ、その話しじゃなかったわね、そう、愛されているのは私もとてもよく知っているわ。彼らは過保護過ぎる所があるだけ。」

そう、偏見は確かにこの数年でかなり薄れてきたのだろう。
イタチの家族すら抵抗なく警察に助けを求められるようになった世の中は確かに、今隣でスムージーを啜っている彼女のおかげだ。
ジュディ・ホップスは自分の栄光を知ってか知らずかふと顔を上げて
「そうだ、今度の休日届いたブルーベリーをジャムにしてあなたにプレゼントするわ。」
「それはいい提案だ。代わりに俺からはジャムに合うズートピア一美味いパン屋を紹介しよう。」

相棒は素晴らしい案だとでもいうように、垂れていた耳をピンと立てると、もうすっかり休日のジャムの調理に思いを馳せているようだった。

俺がその昔ニンジン農家と馬鹿にしたバニーバロウという村はニンジンの味もさることながら、ブルーベリー、オレンジ、トマトにカボチャ、その他野菜と作物の全てにおいて高い品質の商品を出荷していた。惚れた欲目と言われるだろうが、気候の良いその町で収穫してすぐのブルーベリーを汗を流しながら食べたらどれだけ美味いだろう。
彼女を育てた土地ならばいつか訪れてみたいと思う。


「うさぎは皆大家族だって聞くが、一羽一羽が愛娘なのか」
「他のみんなはバニーバロウから出ないから、目の届く範囲にいるのよ。私だけ反対を押し切って出てきちゃったからきっと心配でならないのね。でもお母さんたちにとってはみんな大切な子どもだと思うわ。275羽もいるとそれはもう気苦労が絶えないでしょうけど。」
「へえ、随分兄弟が多いんだな。」

そりゃエゾイタチの子どもの面倒をみるのも得意なわけだ。二百七十五ね…
「…275?」
「ええ。賑やかでしょう。きっとニック、あなたも気にいるはずよ。今度遊びにきてちょうだい。ホップス家は貴方を歓迎するわ。」

「…そりゃ、どうも。元気いっぱいのにんじんが275もいる地獄に投げ込まれて帰ってこれるといいんだが。」
想像していた桁が一つどころか二つは違う。
そもそも食物連鎖が消滅した今でも出産に関するDNAが残ったままだから、ズートピアでは肉食動物が1割にも満たないなんてことになるのだ。たったうさぎの家族一世帯で275だぞ。信じられるか。

「まあ、君もそろそろそういうことを考える時期だろうな」
「子育てのこと?そろそろだなんて。私はうさぎの中じゃ行き遅れよ。みんな十代で結婚していくわ。」

早く結婚して親を安心させなくてはとボヤく姿をみれば、普段気にかけていないようにみえて年頃の女性なんだと思う。

「君に素敵な彼氏が出来ることを祈っているよ。」

これは本心だ。君の子どもなら、275の小さなにんじんでも見てみたい。
結婚式には呼んでくれ。友人代表として必ず最高のスピーチをすると約束しよう。

「いつか家族が欲しいとは思っているのよ。私にお付き合いをするような相手ができたら真っ先にあなたに紹介するわ。」

「ああ、楽しみにしてる。」

ミックスベリーのスムージーを最後まで啜って、さあ行こうと声をかけた。



午後のパトロールを終えてZPDに戻ると、受付では相変わらずのマスコットキャラクター、ベンジャミン・クロウハウザーが差し入れのドーナツと満面の笑みで対峙している所だった。
「ようクロウハウザー、どのかわい子ちゃんから食べるかでお悩み中?俺なら真っ先にブルーベリー味のバイオレットを頂くね。何故ならずる賢いキツネが狙ってるからだ。盗み食いされないように気をつけろよ。」
「やあニック、ジュディ。パトロールお疲れ様。そういえばさっき、マクホーンが君を呼んでいたよ。」
「俺を?」



「フェレットの警察官?」
それはまた、なんとも可愛らしい…。
俺に話しだというから戻る前に資料室に寄るというにんじんと受付で分かれて、マクホーンのデスクに声をかけた。

差し出されたファイルを開くと薄い面接用紙が数枚挟まれている。
「今度第一分署に配属が決まっている新人だ。ボゴ署長からマンツーマンで面倒を見ろと言われたんだが、この年頃の新人の扱いがわからなくてな。」
「ふうん」
写真を見ると確かにフェレットの女の子だ。
年の頃は25…若いな。

「お前はホップスとずっと組んでいるから、いいアドバイスがあればと思ってな。」
「そういうことなら俺よりジュディに紹介したらどうだ。年の頃も近いし友達になれるだろ。何より新人の俺を教えてる。教育係としても先輩だ。」
「ああ、それもそうだ。あとでホップスにも話してみることにしよう。」

最近は小動物の警察学校入学が増えてきた。
理由は言わずもがな、ジュディ・ホップスがこれまでの常識を打ち破ったからだ。
重量級の動物のみで固められたZPDに入った初のうさぎの警察官は、その小さな身体を活かしてリトルローデンシアからサハラスクエアの干からびた水道管内部、ツンドラタウンの山々を飛び越えての潜入捜査まで、この数年で数々の功績を残した。
ズートピアでは誰でも何にでもなれるということを、綺麗事だけでなく現実のものにしたのだ。
その後の情勢を見ても、小さなうさぎの開拓した新しい可能性に引かれたのは、なにもまぬけなキツネだけではなかったということがよく分かる。

「これはお前たちのお手柄だよ」
「よせよ、俺じゃない。彼女の功績だ。ズートピアのヒーローに伝えてやれよ。」

俺たちに次ぐ小動物の第一分署配属。これを聞いたら、彼女はどれだけ喜ぶだろう。
彼女の誇らしげな顔を想像して、ミーティングでの連絡事項が楽しみになった。

「マクホーン、一番に朗報を届けてくれたお前に一言アドバイスをするとすれば、そうだな、迂闊に手は出さないこと。セクハラで訴えられるぞ。」

部屋を出る際、お前と一緒にするなと罵倒が飛んできたけれどお生憎様、俺はそんなミスは犯してない。



デスクに戻ればPCのディスプレイと向き合う相棒が見える。振り向きもせずマクホーンの用事はなんだったかと聞いてくるので、適当に恋愛相談だと言っておいた。どうせなら本人からか、ミーティングで聞かせてやりたいと思ったからだ。
それにマクホーンの様子を見る限り強ち間違った解釈でもなさそうだったから、嘘ではない。

隣の席に着いて、報告書を纏めて帰るころには日は十分に傾いていた。
未だ仕事に集中している相棒の肩を叩く。

「今日はお先に失礼するぜ」
「早いわね。彼女とデート?」
「そう、可愛い可愛い俺のベイビーが待ってるんだ。モテる相棒で悪いな。」

お疲れの代わりに拳を合わせる。
「ニック、明日の予定は?」

「久しぶりの休日だ、太陽が沈むまでTVでも見ながら家で優雅に休息って予定が入ってる。」
「ワォ素敵な1日ね。でも私ならもっと素敵な1日をプレゼントできるんだけど」
「OK、明日9時にセントラルタワーの前で待ち合わせしよう。」




「ようフィニック」
カランコロンとドアが鳴る。

イスを引いて隣に座る。
肉食動物の集まるパブだ。一息ついてから黒豹のマスターに酒を頼む。
「もう1年か。」
「そう、俺がまともな職に手を付けてから既にこの星は一周した。あっという間に出会った頃のアンタの歳を越えたのが信じられないよ。」
「やり甲斐のある仕事ってのが見つかったならその道で勝手にやればいい。一々報告に来んな。」
「それでも呼んだら来てくれる。あんた面倒見がいいんだよ。知らないのか?」

フィニックは長年の俺の相棒だった。たとえ居場所が変わっても、気にかけるのは当然だろう。
もっとも、気の無いオヤジに構ってもらっているのは俺なのだが。

「俺からしたらまだまだ若造だ。」
「アンタの歳は越えられないさ。本当にあっという間だった。」
過去を振り切るように故郷を出てから、根無し草で危ない橋ばかり渡っていた俺を拾ってくれた。その頃は隣のオヤジもやんちゃばかりしていたが、この街で身寄りのない俺にとっては唯一の家族みたいなもんだった。
ありがとう。
口から出かかった言葉を酒と一緒に飲み込む。そういうことをいうことを伝えて喜ぶ相手じゃない。


「また前の商売に戻るのか。」
「生憎とやり甲斐のある仕事ならもう見つけてる」
フィニックは年相応の深い笑みでアイス売りが気に入っているんだと笑った。
その台詞が聞きたくて呼び出したんだ。

こいつとは長い間一緒にいたから、ズートピア中のそこらへんの奴よりは知っているつもりだ。
数年前も、今も、この街は本当に、俺たちキツネには生き辛く出来ていた。
世の中はすぐには変わらない。


どこまでが本当かは分からないが、昔のような勝てる見込みのない勝負に挑むつもりがないようで安心した。
ずっとアイス売りを続けてくれれば、こうして顔を見せることくらいはできるから。世話になった減らず口のこのオヤジが、俺より少しでも長く生きてくれればと思う。

手元のリキュールを飲み干したフィニックにもう一杯やって

「パパのキスがなくて寂しい?」
「ガキが、ションベン漏らすなよ。」


翌日、午前9時のサバンナ・セントラルは今日も晴天に恵まれた。
ジュディからの誘いはいつも唐突だったが、艶のある話しだった試しは一度もない。
この日も彼女はいつもと変わらない、スポーティなTシャツにパンツという出で立ちで現れた。

「折角の休日すら相棒の為に使うとは、さてはにんじん俺の事が好きだな?」
「私があなたを愛しているかですって?ええ、そうですね。」

はいこれ、とウィスタリアのリボンで綺麗に梱包された手作りのジャムを渡される。
「少しでも早く渡したくてね。荷物になるかしら?」

「愛情表現が実直だな。」
「思いを伝えることは大切よ。貴方の頬にキスを贈りたいくらいだわ。」
「してくれてもいいんだぜ?」
「明日の出社時ZPDのロビーでしてあげる。」
「それは、勘弁してくれ…」

ただでさえZPD内でも仲を疑われているのだ。
俺にとってジュディ・ホップスは妹のようであり最高の相棒であり、たった48時間の内に32年の人生を塗り替えた魔法使いのような存在だ。誰よりも彼女を愛していると言えるが、元詐欺師にも神があるというのであれば神に誓って、やましい気持ちは抱いていない。
うら若き彼女に自分の所為で不必要な噂は流したくなかった。
頂いたジャムにしっかりと感謝の念を伝えて本日の行き先を促す。


結論から言って相棒の建てたデートプランは最高だった。
ダウンタウンから20分鉄道に揺られて向かった先はレンフォレスト地区21番地のコールドウエストサイド。
辺り一面に広がる霧にスポットライトを当てたミストアートの期間だったらしく。日中でも薄暗いジャングル中の全てがプロジェクションマッピングやライトアップといったイリュージョンで煌びやかに飾られていた。
それはもうどの区域も美しく、イベント対象である21番地区中を回るとなると、成る程朝から回っても見終わるまでには十時間はかかるといったボリュームだった。
歩き疲れた体を休めようと提案すると、彼女は予約を取ってあるとお得意の笑顔を見せて、近くで一番人気のレストランまで俺を引っ張ると、入るなりフルコースの料理とカーニバルニューワンダーランドというジャンボゥズ・カフェもびっくりのどでかいパフェを頼んだ。想像以上の大きさと「ワンダーランド」の名の通り様々なフルーツと綿菓子のような甘いアイスの入り混じった不思議な味はあと10年は忘れられそうもない。

「あれは、俺たち二人分の量じゃなかった。」
「何事もトライ・エブリシングよ。食べきれたじゃない。」
「君が熱狂する歌手の曲は、そんな無意味なチャレンジの為に歌われてはいないと思うぞ。」


吊り橋を歩く度、俺たちの体重で幾重にも重ねられた細いツルの結び目がキシキシと音を立てた。
薄い木の板と細いツルのみで形成されるこの橋はレインフォレスト地区の主要移動手段であり、体重制限があるとはいえこれだけの耐久性をもった建築技術には脱帽する限りだ。

生い茂る草木の上部に取り付けられたミストシャワーからの水滴が毛先を濡らす。

「まぬけなキツネさんはどうやらお腹が重いようだから、そろそろ歩くのは止めにしましょうか。」

彼女の指差した先は、いつかのゴンドラだった。
あの日のような深夜ではないので、他の利用客も疎らにいる。特に断る理由もないので、彼女の意思に身をまかせることにした。


ゴンドラはレインフォレスト地区から俺たちをダウンタウンの中心部、セントラルタワーへと送り届けようと高度を上げる。
下には街を行き交う動物たちの姿が見えた。
「交通カメラの様子でも見てみようか?」
「懐かしいわね。」
そうだ、懐かしいな。この台詞を言ったのは実に3年振りだ。

「にんじんといると1日の流れが早く感じるよ。このままじゃ瞬く間におじいちゃんだな。」
「素敵な相棒と過ごせて充実してるの間違いじゃないの」
「充実してるかって?ああそうだな。早朝からアフリカスイギュウの有り難いお言葉を聞いて、昼にはにんじんとパトロール。たまの捜査に事情聴取酔っ払いの相手に取り締まり、批難の声援を浴びながら夜は報告書の纏め。挙句休日は相棒とお散歩ときたもんだ。セクシーな彼女を作る暇もないくらいには充実し切ってるね。」

彼女は何も言わない。
ジュディ・ホップスのバイオレットの瞳が俺を射抜く。
「言わせるなよ。」
分かっていて聞くからずるいうさぎだ。


ゴンドラを降りるとそこはセントラルタワーにほど近い、高層ビルの上空庭園と直結している広場だった。
ジュディは降りるなり駆け出して、柵に体当たりをかますと早くこいと俺を呼ぶ。
「見て、地平線に日が沈むわ。」
うん、確かにここは眺めがいい。
「1日の最後にこんなご褒美が貰えるとは、運が良かった。」

ガーデンプレイスの柵に持たれかけて彼女の隣に立つ。
立ち並ぶビルさえも小さくなっていくズートピアのさらに奥へ、陽がちらちらとにんじん色を振りながら消えていく。
建物に反射して強い光が煌めく様子は、コールドウエストサイドで見た霧のイリュージョンにも負けない美しさだった。


陽が地平線に隠れ、ズートピアの街に緩やかに夜を運んでくる。

電灯がぽつぽつと
付き始めていた。



「今日、楽しかった?」
「ああ勿論。ジュディ・ホップス巡査にデートプランを組んで頂けるなんて光栄だったよ。中でもあのパフェは美味かった。」
「ふふ、大き過ぎるって言ってたくせに」
「にんじんの食べるペースが速かったんだ。今度はフラッシュとでも行くさ」
「彼を呼んだらきっとランチを食べ終わる頃には夜ね。」
「生き急いでいると、たまにはフラッシュの生きる時間を共有してみたくなる。それに、君はあいつがどれだけ速いか知らないんだ。」
「よく言う。もう彼の違反切符を切った回数が私の年齢を超えたわよ。」


薄暗い空気が辺りを包む。
風の匂いが変わったのを感じる。

「…ZPDの中に篭っているとなかなかこの街の美しさに気がつかない。」
「嘘よ。私よりずっとあなたの方がこの街のことを知っているじゃない。」
「好きじゃなかったさ。どれもこれも、辺りのもの全てが泥にまみれた汚いものに見えた。」

「私は、この街が好きよ。」
ああ、君がそう言うのであれば俺も、嫌いだったこの街を好きになれそうだ。
「ペテン師のキツネに虐められた街を未だに好きと言えるとは恐れ入ったね。マゾヒストの素質があるんじゃないか。そんな君には実に合った街だろうな。様々なそう、壁が立ちはだかっている。君の前には強大な敵が…」
「そうね。私はそういう点で言えばマゾヒストなのかもしれないわ。」
「おい、年頃の娘が気軽にそういう言葉を使うもんじゃない。」
「私は沢山の障害もみんなが抱えている苦痛も、一人一人には寄り添えなくても、大きな目で変えていきたいの。例えば法で裁くようなことも、時には法自体とも。それはとても強大な敵でしょうね。偏った考えにNOと言えるように、様々なことにチャレンジしたい。でも同時にワクワクもしているのよ。」
「改まって言わなくても知ってる。にんじんが好きな街を護る為に頑張り過ぎてることも、隣のアカギツネは気がついてる。」
「いいえ、今言わせて。あなたがいなくては私はこの街を好きになれなかったでしょう。」

「向き合わせてくれたのはあなたよ。だから、ありがとう。ニック。」

馬鹿。
ありがとうと、言うのは俺だ。

「感謝なら諦めなかった君の心にすることだ。ジュディ。俺の最高の相棒。」

それを伝えたかったんだろう。素直に話しやすいようにと、彼女なりに雰囲気を作ってくれていたことに感謝した。


「それで?勇敢なうさぎの警察官は本日も帰ったらトレーニングにお勉強?」


ぴょんと
彼女が軽くとんでみせる。
格子に飛び乗って小さな背筋をピンと張る、君の背中は大きい。
一秒でも長く君を見ていたいと願うから、こんな夜でも君の姿がはっきり見える、自分がキツネで良かったと心から思った。

「にんじん、そんな所に登ると、危ない。」

彼女の長い耳が揺れる。
そこは風が吹くだろう。

下にはこの街が見える。

小さな腕を腰に当てた、小さなヒーローが振り返る。

「ええ、もちろん!」




「世界をより良くする為に」
出会った頃と変わらない真っ直ぐな瞳で、君が笑う。

OK相棒、君がボスだ。


さて、冒頭の話しに戻ろう。
俺は32歳で君に会って、35歳なんて比較的遅咲きの歳で警察学校を卒業した。
24歳だった君も、もう28歳になった。
田舎者の初々しい新人という色が抜け、ZPDの顔として、一人の女性として成長した今も、真っ直ぐに世界を見つめるバイオレットの瞳は変わらない。
このまま何年君の隣に居られるかなんて確証はどこにもないが、ただ一つ言えることは、君が信じたから、俺は今ここにいるということだ。


その昔、俺が馬鹿にした君の目指す世界は今は俺の夢にもなった。


「風が、冷たくなってきたわね。」

日は沈んだ。
ネオンのライトに照らされる君の横顔は、その地平線の先に何を見ているんだろう。
君が守りたいという夢を、俺も守ろう。





その日ジュディをグランド・センザンコウに送り届けた夜、自宅のマンションに戻って風呂上がりの身体を休めてから携帯を手に取った。アプリを開けば二日前に打ちかけにしていた保存メールが出てくる。
暫く考えて、宛先から着信をかけた。メールでは、この思いを伝えられそうもなかったから。

3コール待って、何を言おうかと年甲斐もなく緊張してくる。
4コール目が鳴り終わる頃には俺はすっかりびびっていて、5コール目で繋がらなかったら今日は諦めようと思っていたところでコールが止んだ。



「…やあ、母さん」

電波に乗って聞こえてくる向こう側の音と、息を吸う音。少しの間の後に
坊や、と呼んでくれる。
貴女の声が幾つになっても好きだ。

「アー、そう、久しぶり。ZPDの卒業式以来かな。俺は元気でやってる。頗る調子も良い。ZPDでの俺の活躍を見せてやりたいくらいだ。それで、その、母さん」


愛しのmam。
話したいことが、沢山ある。
35年と少し生きてきて、俺の世界は今やっと、急成長を遂げているようで
毎日、光が差し込むような感覚なんだ。

ZPDに入った今も、俺達のやっていることはまだまだ小さくて、世間に零れ落ちた破片を集めては元に戻すような毎日だ。
世の中は今も混沌としていて、理不尽な事件や差別も多い。俺たちの行動が一体どれだけの力になるだろう。それでも、俺を包む光が、いつか貴女の世界も照らすように。貴女の住む町にも届くように。俺は歩き続けるよ。
なあ、聞いてくれ。キツネの俺がこの一年でどれだけありがとうと言われたと思う?
母さんが聞いたらびっくりする。
そうだ、今度の土産話しはそれにしよう。



…伝えるのが随分と遅くなってしまったけれど、俺は生まれてきて幸せだ。
こんな不出来な息子を産んで、愛してくれて、ありがとう。

ええ、ええ、なんて
何度も返してくれる母さん。


「次の休暇には帰るよ。」
その時はバニーバロウ産のブルーベリージャムを持って行く。
これがまた美味いんだ。
きっと母さんも気に入る。


ああ、そんなに何度も言わなくても知っている。
どいつもこいつも愛情表現が実直過ぎるよ。勘弁してくれ、照れているんだ。
ありがとう、俺も愛してる。



この電話を切ったらしっかり寝て、また明日も働こう。

そう

「世界をより良くする為に。」


2016.07.21

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