■君にないもの


「嫌な感じ〜!」

今日も今日とてピカチュウゲット作戦は失敗だ。
長い間マサラタウンの少年を追っていてこのパターンにも慣れてしまった。

「わあっ!」

重力の通り落ちていく途中で一際大きな音がした。
音と共に身体には予想どうりの衝撃が

「いったぁ…」

きゃあとか、にゃーとかそれぞれの場所から聞こえてくる。今回は墜落時、木に引っかかったようで痛みも少ない。俺たちにしてはラッキーな日だ。
岩山に叩きつけられたりしなくて良かった。

見れば仲間も近くの枝にぶら下がっていた。

「も〜!なんであそこでハガネールまで出てくんのー!」

俺たち悪役にはどうも運が向かないらしく
野生のポケモンだって運命の神様だって
子ども向けアニメの主人公のような少年に微笑んでばかり。いつも良いところで邪魔が入る。
おかげで「幹部昇進支部長就任」は今日も遠い夢だ。


ハガネールのアイアンテールで飛ばされる途中、上空から見えた俺たちのアジトはもう少し北西だから
「ここから歩いて2時間はかかるな」

「え〜アタシ嫌よ!もー嫌!歩きたくない!」

彼女の命でもある美しいワインレッドの髪には沢山の葉っぱが付いていて、
枝で擦ったように白い素肌には擦り傷が出来ている。

今の惨状を見つめ大きな瞳は益々つり上がっていく。

「ニャ、歩くにせよ休むにせよ、とりあえずここから降りることを考えるニャ」


「分かってるわよ!」
ムサシが長い足を大きく振って幹に足をかける。

おや

と、声を上げたムサシの視線の先を向くと
幹に振り上げた足の下に黄色いポケモンが見えた。

…ポケモン…?

「ニョ?」
「アラ?」
「ヘ…?」

これは…嫌な感じだ。
背筋が凍るような感覚。
カントーやジョウトにいた時も、こいつらによく追いかけ回されたなあなんて頭の隅で考えていた。

「スピッ」


どうやら俺たちの引っかかった木はスピアーの巣だったようで、

やはり運命の神様は悪役には微笑まないんだって
俺たちを睨む無数の目が教えてくれる。



「いや〜〜〜!」




俺たちの日常はため息をつく暇もなく流れていく。














「はあ…疲れたぁ…」


スピアーに追いかけられてボロボロの俺たち。
これもいつもの事だ。
慣れって恐ろしい。


ため息を付けると思うや否や
ムサシとニャースは次の作戦会議に移ったようで、変装がどうの落とし穴がどうのと言い合っている。
メカはどうだい?
なんて言ったら、また王冠コレクションを売られてしまうので言わないが。


「私の魅力にかかればイチコロよ!」

彼女のこういう所が凄いと思う。
俺だって、ロケット団に入ったばかりの頃は虚勢も張っていたが
彼女は生来のものなのだ。

「そうと決まればお昼ごはんニャ!」

正当な判決の結果明日は変装して潜り込む作戦に決まったらしい。素晴らしい速さだ。反省会なんて5秒で十分なのさ。

ニャースも明るい。
俺は釣られて笑顔になって

「今日の料理当番はニャースなんだから、嫌なことぱーっと忘れるくらい美味しいもの頼むぜ」







アジトと言っても小さな小屋だ。
旅を続ける少年を追うと同時に、放浪している俺たちには家など無いから仕方ない。
行きずりでこの掘建小屋を発見出来ただけでも喜ぶべきと言うものだ。

ニャースは焚き火の火を見ている。
口には出さないが、ニャースは本当によく働いてくれていると思う。
ポケモンなのに喋れるだけでなく、頭もいい。
火を起こして、料理まで作ってくれる。そんなニャースを見ながら
人間の精神年齢に換算すると幾つくらいなんだろう。なんてぼやぼや考えていると
ニャースが皿に料理を盛り付け始めた。

自分も机を片付け始める。

ふと周りを見るとムサシがいない。

「あいつ…どこに行ったんだ」

一人になりたい時もあるだろうが、長年の付き合いで分かる。そんな雰囲気じゃなかったから風にでも当たりに行ったんだろう。

「ニャ、ごはんができたニョにムサシの奴どこ行ったニャ」



料理当番のニャースに、ムサシを呼んでくるようにと仰せつかった俺はアジトを出る。
出て、真っ直ぐ南に向かった。
理由なんてこっちにムサシがいるような気がしたからだ。それ以外にはない。

俺たち3人は生まれも育ちも違うけれど、そういう所で考えが似ている。
風に当たる為に、海でも見ているんじゃないだろうか。


10分も歩かないうちにムサシは見つかった。


森があけて直ぐ、海面から高さ5メートル程の崖に腰掛けて彼女は海を見ていた。


「ムサシ」

声をかければすぐに振り返る。

「何〜」

ほら、特に重い雰囲気でもない。


何も言わずに隣に立つ。
岩に腰掛けているムサシの位置は俺より低いけど、別段感慨に耽るような顔はしていない。

「水平線」


「水平線を見てたのよ。明日、日が出る時に見にきましょうよ。」
アジトからも近いし。



ジャリボーイ達を追う時に、気球から日の出なんていつもみる。
根無し草の俺たちにとって珍しいものでもないが

「それはいいな。」

ロケット団に入って
色んなものを見てきた。
マサラの少年を追う中で、捕獲は出来ないながらも伝説のポケモンにも何度か出会った。

「でもムサシ起きれるのか」
「あんたが起こす係に決まってんでしょ」

相変わらずの相方だ。
でも、あの家に囲われていた生活では出会えなかった仲間。
相変わらずの日常が俺にとっての宝だ。

風に吹かれるムサシは純粋に綺麗だと思う。
でも綺麗だとか関係なく、俺はムサシの顔が好きだ。
ニャースの顔も好きだ。
三人で同じ時間も、同じ気持ちも共有して
三人で笑い合う。

ああ、そうだ。

「そういえばお昼ご飯できたぞ。」


「やったー!それを早く言いなさいよっ」

言えば、彼女の目は子どものように輝いて
アジトに向かって駆け出してゆく。

「ジャリボーイも顔負けだな」






『お金も正義もないけど、ロケット団には自由があるさ』

いつか、彼女が俺に言ってくれた言葉。

前をゆく彼女の背は
俺よりやっぱり細くて
なんだかんだで女性なんだと思うけど、この気持ちは



「ムサシ、明日も頑張ろうな」

駆け足の彼女とそれを追う俺。
少し距離の開く彼女の背中に呼びかける。
聞こえるように、届くように。
でも後の言葉は言わなかった。
口に出さずとも彼女には伝わると思っていた。

そして予想に違わず
眩しい程の笑顔で振り向く彼女は
紅を引いた口を大きく開けてこう言うのだ


「明日もピカチュウゲットでいい感じよ!」






森の木々も通り抜け
青空に彼女の声が響く。



自由に生きるムサシ。
努力家なニャース。

取り柄のない俺。

でも、こいつらに着いて行きたくて、置いて行かれたくなくて
俺は今日も今日とて彼女の背中を追っていく。



「さて、俺も腹ごしらえしたら、潜入専用のメカでも作りますか」













この気持ちは、憧れだ。


君にないもの
僕にないもの


補っていく
笑いあっていく。





2016.04.05

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