■炎





格好良くて綺麗だと思う。
可愛いかと聞かれると、どうなんだろう。







あ、女の顔してる。


ジャリボーイ達より先回りして着いた町で、罠もメカも仕掛け済み。
久しぶりの自由時間を味わっていたら、商店街の喫茶店で相方を見かけた。

はめ殺しの大きな窓から見える相手の顔は、なるほどムサシの好きそうな優男という感じだ。
なかなかいいムードで笑い合っている。

俺たちの前では決して見せない顔。
ジャリボーイ2号とはいかないまでも
惚れっぽい相方はイケメンと見れば行く先々で恋に落ちた。

俺だってそこそこいい顔立ちだと思うんだけどな。

眼中にないみたいだ。
いや、あいつの射程圏内に入っていたらコンビを解消してすぐに逃げているが。


そりゃ可愛いくて優しい女の子なら話しは別だが、ムサシとの結婚なんてイコール人生の墓場だろ。
下僕としてこき使われる一生が見える。
思わず顔の同じ許嫁を思い出して背筋が震えた。

大体、まだ25歳だぞ。
考える歳じゃないだろう。
俺はまだまだ自分の望む事をやりたいんだ。

と以前言った時
ムサシは額に青筋を立てて男の25歳と女の25歳は違うと怒鳴ってきた。


約束もしていない自由行動の時間にメンバーを見つけるなんて思わなかったから、びっくりして5秒くらい見ていたと思う。

まあ、自由時間だしな。

先ほど商店街で買ったたい焼きを頬張りながらその場を退いた。

仕事でもないし、帰ってきたらネタに弄ってやろう程度の考えだった。






「ただいまー」
日が暮れてから帰ってきた彼女の一声は想像通り、今にも花が咲きそうな春らしい声だった。
予想外だったのは返事を返そうと彼女の方を向いた時。


アジトの入り口に立つ彼女は
らしくないラベンダーアイスのブラウスにミディのフレアスカートを履いていた。
喫茶店で見かけた時とは違う服だから、あの後で新しく買ったものなのだろう。

「ねえこれ可愛いかしら」
本日目出度く恋に落ちたので生まれ変わるつもりで趣向を変えた。
町で出会った人で、道のりの分からなかった自分を助けてくれたのだと。
白馬の王子様だとはしゃぐ相方に

「これまた、随分と熱を上げているな。」

「呆れたニャ。これで何回目だニャ」

「口紅もピンクにしたの」
彼、お淑やかで可愛い女性が好きなんですって。
綺麗な笑顔をいつも以上に振りまく彼女の唇を見ながら
俺は燃えるような赤の方が好きだと思った。

「いいんじゃないでしょうか。」

前の方が良いなんて言ったら不機嫌になることは分かってる。
髪型も変えようかしらと言い出したから、もう好きにしてくれと思った。


ムサシのマシンガントークは尽きない。
それぞれの反応はニャース達ポケモンに任せて
ムサシも戻って来たし晩御飯を作るかと台所に立てば、いつの間に立ったのか後ろから顔を出して
「コジロウ、今日の料理当番私が変わるわよ。」
彼ね、料理の出来る人が好きなんだって


やめておけよ。
雪で出来た寿司でも食わせて腹下させるぞ。
ニャースと目配せをして、バレないように小さく溜息を吐いた。



結局、ムサシの意見を押し退けて今日の料理は俺が作った。

食べ終わった後も、
最後の仕込みに明後日の段取りを組んでから寝ようという話しになったので、机を囲んで三人会議をしていたが
始終ムサシは心ここに在らずといった風だった。






翌日
日が昇り目覚めると既にムサシはいない。
ニャースに聞けば早くから出て行ったと言うだけだ。

まあ、この町に滞在するのも明日か明後日までだから
あの男に最後の挨拶にでも行ったかな。

ムサシを止める気はない。
俺達は彼女の気がすむまで待つだけだ。
恋に暴走した彼女を止められる手段などないのだから。








しかしその日、夜まで待ってもムサシは帰って来なかった。

アジトに置かれた針時計の刻む音がだけが響く。
机には俺一人。
ジャリボーイがこの町に到着するのはもう明日の予定なのに、相方はなにをやっているんだ。
恋に浮かれるにも程がある。ニャースは呆れて先に寝てしまった。

俺たちの中で、仕事に一番熱心なのは何時だってムサシだった。

今回ばかりは医師の彼に惹かれた時と同様、本気なのだろうか。
それならば俺たちはやはり身を引くべきなのかと考えていたその時

軋む音をたててアジトのドアが開く
時計は深夜の2時を回っていた。

昨日とはまた別の
白いAラインのワンピースに薄桜のスカーフを巻いて戻ってきたムサシは目元が赤い。
ドアを閉め、深呼吸して顔を上げたところで俺がいることにやっと気がついたみたいだった。

目が合って
見開くと、いつも通りの顔付きに戻って
鼻をすする
「まだ起きてたの…」

カチンと来た。
「明日の作戦に備えて大詰めの会議をしようって昨日話し合っただろう」

下を向いたムサシの顔は泡色のスカーフに隠れて見えない。
振られたのか何があったのかは知らないが、仕事の約束を破るなんてムサシらしくない。

動かないムサシに痺れを切らした俺はわざと音を立てて立ち上がり彼女の側までいくと肩を掴んだ。

その時、彼女の肩が震えた。
痛む程の力は入れていない。
なんだ、なんなんだよ。

嫌な予感がした。


「ニャースも…みんな、ムサシの帰りを待ってたんだぞ…。明日は昼から動くのに、みんな遅くまで起きて……」

ムサシは何も言わない。
こんなに弱った彼女は中々見ることがなくて、胸騒ぎは次第に大きくなっていく。

頼むよ、何か言い返せ。




「…ごめん」
もう寝る



彼女らしくない
消え入りそうな声で話した。


俺の横を通り過ぎようとしたムサシの手を掴む。
「何があった」
こういう時こそ優しくありたいという俺の思いに反して、普段より一段低い声が出た。

行かせられるわけないだろう。
腐っても仲間だぞ。

「なんでもないとか言うな。隠し事はするなよ。」


数分、数十分待ったか分からない。
ムサシが重い口を開くと
それは、俺が想像していたよりももっと残酷だった。








俯く彼女の顔色は伺えない。

「アタシ男運ないのよね」
ムサシがしゃくり上げる度
パタパタと
好きでもないだろう色のスカーフに彼女の涙が吸い込まれていく。

抵抗出来ただろうなんて
言うのは酷だ。



俺は慎重に言葉を選んで
彼女の心に届くように伝える。

「俺はムサシの、わがままで傲慢で高飛車で自信家で、俺たちを引っ張ってくれる所が好きだ。可愛くなんかなくていい。か弱くなんかなくていい。」

だから早く治そう。

ムサシが泣いていた。
こうして体を震わせて泣く姿を見ると、女の子なんだと思う。
労わるようにその肩を抱いて
受けた傷を思い出させないようにゆっくりムサシの顔を俺の肩口に押し付けた。

ムサシは女性の割に背が高い。
スッと伸びた足は細いし、元アイドルを目指していただけあってモデル体型だと思う。
身長のそう違わない俺たちは互いの変装だって出来るほどで、男勝りの性格でもある。

元からあの男が本気にするような要素は無かったのかもしれない。
それでもこんなに、
全身で恋してたんじゃないか。

不器用でガサツな所はあるけれど、惚れた男の好みに答えようと自分の趣味とは違う服に身を包んで
弱い朝に一目散に起きて駆けつけるような
こんな一生懸命なムサシの心に漬け込んで弄ぶような真似…


許さない。

身体の中で火が燃えるような感覚があった。
ぱちぱちと音を立てて弾けると痺れるように熱が上がる。
その度ムサシの頭と腰に置いた手に力を込めてしまいそうになるのを息を吐いて堪えた。

暫くして落ち着いたムサシは俺との間に手を置いて距離を取る。
もう大丈夫だから
あーあ情けないなんて
顔を背けて言いながら
「お風呂入ってくるわ」と言い残すと手をひらひらさせながら脱衣所に消えた。







俺の好きなムサシは燃えるような赤で









「おい」

なんだよ
と、男が振り返る前に殴りかかった。

俺の右手は男の左顎にクリーンヒット。


ざまぁ










ムサシが脱衣所に向かった後、俺は直ぐに町に出た。
まだ冷えこむ夜の町を仲間を傷つけた男を探して走る。

喫茶店で話していたのを見かけただけだが、
そんなに大きな町ではないから、どこかの店か家にはいると思った。
足が痺れ空が白み始めた頃に、ようやく見つけた。
男は他にも数人の男女と肩を並べたり腰を抱いたりしながら連んでいる。

「おい」

なんだよ
と、男が振り返る前に殴りかかった。


俺の右手は男の左顎にクリーンヒット。

連んでいた女の子たちから甲高い悲鳴が上がる。
明け方で人通りが少ないせいもあり透き通った空気に高音が響く。
男は突然の衝撃に体制を崩して地面に倒れた。

「立てよ」

ムサシの受けた傷はこんなものじゃないんだ。

「てめ…」
相手からすればわけも分からない男が突然殴りかかってきたわけで
そりゃぁお連れ様も大激怒。
でもそんなことは関係ない。
顔を見た瞬間に殴らずにはいられなかった。

ムサシはああ見えて純心なんだ
恋に夢を見ている節があって
結婚式のキスに憧れるような
お前みたいな男からしたら、寧ろ手間のかかる面倒な女に映ったのかもしれないが

厳しい訓練所時代から裏でどんな噂を流されようと、女であるということに誇りを持っていた。
男社会の戦いの中でも美しくあろうと、体なんて使わないで、実力でその地位を勝ち取ってきた。
そんな彼女の自尊心を傷つけて

さっき思い切り殴った拳が痛い。
いつもバトルをポケモンに任せているから、基礎体力はあってもまともにタイマン張ったことなんて訓練所以来だった。

男のシャブを避ける。

が、意識が回っていなかった連れの男達に後ろから腕を掴まれる。
しまった
と思った時には正面から男のパンチが決まった。


重い…
優男だと思って舐めていたがよくよく見れば男は筋肉質で、俺よりふた回りはでかく見えた。
ああ、ムサシが好きそうなタイプかもな
「がはっ…」
右隣から他の男が腹部にどでかい蹴りをかましてくる。
ムサシを待っていて晩御飯も食べていなかったけど、胃液みたいなのが逆流してきた。
酸と血の味がする。

やべ

ジャリボーイたちの感覚で挑んじまったが男の集団は本気で俺を痛めつけにきた。

へばらせていた女の子たちは距離を取って警察を呼ぶかと悩んでいるようだった。
警察呼ばれても困るんだよなぁ…
この現場を見られても、ジュンサーにつかまってもムサシは怒るだろう。




カラカラカラとこの場にそぐわない音がする。
まるで軽いアルミを引きずるような
……アルミ…

良いように殴られ続けて何分くらい経ったのか
気がつくと目の前の男の手には工事現場に置かれているような細めの鉄パイプが握られていた。
硬いアスファルトに擦れる度硬質特有の音を出している。

おいおいどこから持ってきたんだよそんなの
反則だろ


酔っているのか男は鉄パイプを振り上げて野球の打者のような構えを取ると
調子良く勢いをつけたその腕でパイプごと振り下ろしてきた。

マジだ

うそだろ

当たる

眼球だけは守りたくて目を閉じた。
大きな音がしたと思うと男がショーウィンドウのガラスを突き破って倒れていた。
目の前には白蛇のような長い足。

「ムサシ」

「私の仲間にこれ以上手え出すようなら」
ムサシが振り上げていた足を落とす。
ダクトリオのマグニチュードのような地響きが起きてアスファルトが割れる。

「あんたたちただじゃおかないから」



男の連れは周りの女とともに、砕けたショーウィンドウの中で伸びている男を肩に担いで逃げた。

「ニャ、コジロウ」
ムサシの後ろにいたニャースが駆け寄ってくる。

大丈夫か、
ニャーだってやり返してやりたかったニャ
声をかけてくれないなんて水臭いとか。
泣きそうな顔で訴えてくるから、なんとも言えない気持ちになった。

頭に血が上って動いてしまったが、今更ながらに自分一人でどうにか出来ると思っていたのが恥ずかしくなって、切れた口元を拭うふりをして顔を隠す。

「悪い…」
ムサシの仇取ろうとして返り討ちに遭った挙句、助けてもらうとか
格好悪ィ…俺

しかも彼女自身が惚れてた男を自ら蹴らせるなんて。

「いい。」
そう言ったムサシの声からは何も読み取れない。弱々しくはないけれど、吹っ切れているわけでもないようだった。
せめて、こっちをむいてくれないだろうか。

「いいわよ。もう、目が覚めたから。」

そう言ってから
くるりとこちらを向いたムサシは、もういつも通りの強い目をしていた。

「悪に生きるロケット団だし。仕事に集中するわ。」
血迷って悪かったわね。

こちらに向かって歩いてくると
歩き様に俺の手を取って引き上げてくれる。
こんな時でも、引き上げる彼女の力強さに安心した。

俺が立ったのを確認すると彼女は何事も無かったみたいに、背筋をしゃんと伸ばして歩いていく。





日はもう登り始めている。


朝日の中
大股で力強く歩き出す彼女を
不覚にも可愛いと思ってしまった。

助けに来てくれたムサシは
いつものように自慢のスタイルを惜しげもなく晒すような服を着ていたから。







「ま…待てよ、ムサシ」

蹴られた腹も足も殴打した顔も痛い。
でも今は彼女と離れたくなくて
痛む足を叱咤しながら駆けた。

長年の付き合いから
仕事に集中すると言った彼女の言葉が、いつまで守られるのかは時間の問題だと思う。

ニャースと共に隣りに追いつく。
風呂上がりの後直ぐに探しに出てくれたのか、彼女の髪はまだ湿っているし唇に紅もひかれていない。

「昼からの作戦なんだけどさ、ムサシも俺も一睡もしてないし、今日は休んで」
「何言ってるの」
プライベートと仕事を一緒くたにしないで。
決めた時間に開始するわよ。


「ええぇ…」




俺の好きなムサシは燃えるような赤で




自分のスタイルに自信を持っていて、意思がしっかりあって、悩まずにぶつかっていけるような奴だ。


「大体、殴りに行くなら一声かけなさいよ。私だってやり返したかったんだから。」

彼女の恋が
ロケット団だということがバレて一緒に居られないというなら、背中を押す為に辞めれば良いと言おう。
でも、それがお前を傷つける奴なら
俺は全力でやり返してやる。

「だって、悔しいじゃないか」


最初に出会ったときは
強くて何ものにも固執しない、前しか見ない奴だと思っていた。
本当は、過去に囚われて、愛情欲しさに声を殺して泣くような女の子だったけれど


「大事な仲間なんだから。」





彼女の横顔はまだ本調子には見えなかったけれど
隣りを歩く。
出来る限り、平凡に。
いつも通りの日常を届けてやれるように。




「なあ、ムサシ」




ただ、今の俺にできることは






本当に彼女のことを大切にしてくれる人が現れたとき

せめて彼女の恋愛が
上手くいきますようにと
祈るだけだ。











「今日も、頑張ろうな。」






ただ、ありがとう。

そう言って笑う、
彼女のあまりの強さに
俺は只管好きだと思った。





2016.04.10

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